実は38度が平熱?馬の体温の秘密と危険な発熱サイン・正しい測り方
乗馬クラブの愛馬や競馬場で躍動するサラブレッドを見ていて、「馬の体温は人間と同じくらいなのだろうか」と疑問に思ったことはないでしょうか。人間であれば38度は明らかな発熱ですが、馬の世界において38度はごく自然な「平熱」の範囲内です。
体の大きな馬は、環境変化や体調の異変を言葉で訴えることができません。だからこそ、日々の検温によって平熱を把握し、わずかな体温の揺らぎを捉える作業が、重大な疾患の早期発見や命を救う最大の鍵となります。本稿では、馬の体温に関する基礎知識から現場で実践されている検温手順、命に関わる危険な発熱・体温異常のサインまで、取材現場の知見を交えて余すところなく解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:成馬の正常な体温(平熱)は「37.5〜38.5度」、子馬は成馬よりやや高く「38.5〜39.0度」が健康な基準値。
- 要点2:検温は「直腸温測定」が基本であり、安全な立ち位置の確保と馬用体温計の正しい取り扱いが事故防止に直結する。
- 要点3:38.5度を超える微熱や39度以上の高熱、運動後の体温低下の遅れは、馬インフルエンザや疝痛、熱中症といった重大疾患の警告サイン。
【人間とどう違う?】馬の平熱は37.5〜38.5度!知っておくべき正常値と子馬の平熱
馬と人間の身体構造で大きく異なる要素のひとつが「基礎体温」です。成馬における馬の平熱は37.5〜38.5度が一般的な基準値とされています。人間(約36.0〜37.0度)と比較すると、およそ1度以上高い設定です。
巨大な筋肉量を誇る馬は、基礎代謝が非常に活発で体内での熱産生が盛んです。そのため、平熱のベースライン自体が高く維持されています。ただし、個体差や1日の時間帯(日内変動)によっても体温は変化し、通常は早朝が最も低く、夕方に向けて0.5度前後上昇します。
さらに見落としてはならないのが年齢による違いです。代謝が極めて活発な子馬の平熱は38.5〜39.0度と、成馬よりも0.5〜1度ほど高くなります。生まれたばかりの当歳馬(生後間もない子馬)を検温して38.8度を記録したとしても、直ちに発熱と判断するのではなく、月齢や活気、授乳状況とあわせて冷静に判断する必要があります。
【現場のプロ直伝】馬の体温の正しい測り方と馬用体温計の使い方・直腸温測定の安全手順
馬の健康管理において最も信頼性が高く、標準とされている検温手法が直腸温測定です。人間のような脇の下や口腔内での測定は不可能なため、肛門から直腸内へ直接体温計を挿入して深部体温を測ります。
安全かつ正確に検温を行うための、馬用体温計の使い方と手順は以下の通りです。
① 適切な器具の準備
破損リスクのあるガラス製水銀体温計は避け、先端が柔軟に曲がる動物用・馬用のデジタル体温計を用意します。万が一、馬が動いた際に体内へ吸い込まれないよう、体温計の末端には落下防止用の紐とクリップを取り付けておきます。
② 安全な立ち位置(ポジショニング)
馬の真後ろに立つ行為は絶対に厳禁です。後肢で蹴られる危険を回避するため、検温者は馬の左臀部(または右臀部)の斜め横、肢が届きにくい安全ゾーンに体を密着気味に構えます。馬の尾の付け根を優しく持ち上げ、急な刺激を与えないよう声をかけながらアプローチします。
③ 挿入と計測
滑りを良くするため、体温計の先端にワセリンや水溶性ローションを少量塗布します。肛門から直腸壁に沿わせるように5〜8cmほど斜めに挿入し、クリップを馬の尾毛に固定します。直腸内の糞便に先端が刺さってしまうと正確な体温が測定できないため、直腸粘膜にしっかりと先端を当てるのがコツです。
④ 記録と消毒
測定完了アラームが鳴ったら静かに抜き取り、数値を記録した後にアルコール綿などで入念に清拭・消毒します。感染症の拡大を防ぐため、個体ごとの器具消毒は徹底しなければなりません。
【健康の基本指標】馬のバイタルサイン正常値一覧|心拍・呼吸・粘膜と体温の関係
体温測定は単体で行うのではなく、他の生理的指標と組み合わせて評価することで、初めて病気の兆候を正確に掴むことができます。厩舎や診療現場で必ずチェックされる馬のバイタルサイン正常値を整理しました。
・体温(直腸温):37.5〜38.5℃(子馬:38.5〜39.0℃)
・安静時心拍数(脈拍):28〜40回/分(下顎の動脈や聴診器で測定)
・安静時呼吸数:8〜16回/分(脇腹の上下動を観察)
・可視粘膜色:薄いピンク色(歯肉を観察。白っぽい、黄色い、紫がかった赤は異常)
・毛細血管再充満時間(CRT):2秒以内(歯肉を指で圧迫し、白からピンクに戻るまでの時間)
・腸蠕動音(ちょうぜんどうおん):聴診器を当てるとゴロゴロと活発な音が聞こえる
例えば、体温が38.2度と平熱範囲であっても、心拍数が毎分60回を超えていたり腸の音が完全に止まっていたりする場合は、重篤な内臓トラブルが疑われます。日頃からこれらの数値をセットで把握しておく習慣が重要です。
【発熱のサインを見逃すな】馬の発熱と主な原因|馬インフルエンザから感染症リスクまで
馬の体温が38.6〜38.9度を示した場合は「微熱」、39.0度を超えた場合は「明らかな高熱」と判定されます。馬は発熱すると、食欲不振、耳や四肢の先端の冷感、ぼんやりと頭を下げる沈鬱状態、目やに、発汗といった外見上の変化を見せます。
臨床現場において頻繁に見られる馬の発熱と原因には、以下のような疾患が挙げられます。
1. 馬インフルエンザ(Equine Influenza)
伝播力が極めて強い呼吸器感染症です。代表的な馬インフルエンザの症状として、40度前後の急激な高熱、激しい乾性咳嗽(激しい咳)、漿液性〜粘液性の鼻汁が現れます。発熱初期に速やかに隔離し、安静を保たないと二次感染による肺炎を引き起こします。
2. 馬ヘルペスウイルス感染症(EHV-1 / EHV-4)
若馬の呼吸器症状や発熱だけでなく、妊娠牝馬の流産、さらには後躯麻痺などの神経症状を引き起こす危険な感染症です。二峰性の発熱(一度下がった熱が再び上がる現象)が特徴的です。
3. 腺疫(せんえき)
化膿レンサ球菌による感染症で、高熱とともに下顎リンパ節が大きく腫脹し、膿瘍を形成して自潰します。
4. 輸送熱(トラベルシックネス)
長時間の馬運車移動によるストレスと、頭を下げられない姿勢が続くことで気道内の細菌が肺へと落ち込み発症する細菌性肺炎・胸膜肺炎です。長距離輸送後の検温は必須のルーティンです。
【命に関わる異変】馬の疝痛と体温変化・夏場の馬の熱中症サインと対処法
発熱だけでなく、急激な体温変化や放熱不全も馬の生命を脅かします。特に注視すべきは「疝痛(腹痛)」と「熱中症」です。
馬の死因上位に挙げられる消化器疾患において、馬の疝痛と体温変化には複雑な関係があります。初期の疝痛では体温に大きな変化がないことも多いですが、激痛によるストレスで軽度の体温上昇が見られることがあります。一方、腸管の壊死やエンドトキシンショック(毒素血症)に陥ると、末梢循環不全により体温が37.0度以下に急降下する低体温状態に陥り、冷汗をかきます。体温低下と心拍数急増が同時に起きた場合は、一刻を争う超緊急事態です。
また、近年の猛暑環境下で増加しているのが熱中症です。馬は人間と同様に全身の発汗によって体温を下げますが、高温多湿環境では放熱が追いつかなくなります。見逃してはならない馬の熱中症サインは以下の通りです。
・直腸温が40.0〜41.0度以上に達する
・大量発汗の後に突然汗が止まる(無汗症の兆候)
・パンティング(浅く速いあえぎ呼吸)
・ふらつき、瞳孔の散大、呼びかけへの反応鈍麻
激しい運動直後は一時的に運動後の馬の体温上昇(39.5度前後まで上がる現象)が見られますが、健康な馬であれば水冷クーリングによって30分以内に速やかに平熱へ戻ります。もし冷却を行っても39度以下に下がらない場合は、直ちに冷水シャワーを頸動脈や大腿部に当て続け、太い血管を冷却しながら獣医師の手配を行ってください。
【トップ厩舎の実態】競走馬の体温管理|毎日の検温がハイパフォーマンスを生む理由
JRA(日本中央競馬会)や地方競馬、トップブリーディングファームにおいて、競走馬の体温管理は調教メニューを決める最重要データとして扱われています。
多くの厩舎では、「早朝の調教前」と「夕方の飼い葉やり前」の1日2回、厳格な直腸温測定が実施されます。プロの厩務員や調教師は、単に38.5度を超えているか否かを見るだけではありません。その馬固有の「平熱のベースライン」を熟知しており、「いつもは37.7度なのに、今朝は38.1度ある」というわずか0.4度の差異から、目に見えない筋肉疲労や内臓の疲れ、感染症の潜伏を敏感に察知します。
近年では、デジタル体温計のデータログを厩舎管理アプリへ自動転送し、馬群全体の健康動態をクラウドで一元監視するスマート管理も普及しつつあります。わずかな異変を察知して調教強度を落としたり、早期に休養を挟んだりすることが、故障予防とレース本番での最高パフォーマンスへとつながっています。
【馬の体温】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:運動した直後の馬の体温はどのくらいまで上がりますか?
A1:激しい調教やレース直後には、筋肉の熱産生によって体温が39.5〜40.5度近くまで急上昇することがあります。これは生理的な現象ですが、重要なのは「その後の回復速度」です。十分なウォッシング(水冷)と送風を行い、30〜45分以内に平熱(38.5度以下)へ落ち着くかどうかを確認してください。
Q2:家庭用の人間用体温計を馬に使用しても問題ありませんか?
A2:構造上は測定可能ですが、推奨されません。人間用の電子体温計は計測時間が長かったり、先端が硬く直腸粘膜を傷つけるリスクがあったりします。また、馬の急な動作で体内に入り込む危険もあるため、必ず先端がソフトに曲がり、落下防止ストラップが付いた動物用・馬用のデジタル体温計を使用してください。
Q3:馬の体が熱く感じられるのに、体温計で測ると平熱なのはなぜですか?
A3:日差しによる皮膚表面の加熱や、運動による局所的な血流増加によって馬肌が熱く感じられることがあります。馬の真の健康状態を示すのは皮膚温ではなく「深部体温(直腸温)」です。手のひらの感触だけで判断せず、必ず直腸温を計測して正確な数値を確かめてください。
まとめ:日々の体温測定が愛馬の命とコンディションを守る
馬の体温は、彼らが発する最も客観的で雄弁な健康のメッセージです。平熱が37.5〜38.5度という基本を知り、直腸温測定の確かな技術を身につけておくことは、馬に関わるすべてのオーナー、ライダー、厩舎人にとって欠かせないリテラシーと言えます。
朝夕の検温を習慣化し、個体ごとの平熱リズムを把握しておくこと。そして、微熱や熱中症、疝痛のサインが現れた際には決して自己判断で放置せず、迅速に獣医師と連携を取ること。その確実な日々の積み重ねこそが、愛馬の健康な蹄音と輝く毛並みを未来へつなぐ確かな防波堤となります。 (出典: 馬 の 体温(Yahoo!ニュース))